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アクティブ・ラーニング:教員コラム 第2回/学びは大学の中のみならず(瀬古素子)

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私がパキスタンで働いていた2017年のこと。 

私たちが現地政府とともに主催した医療従事者向けの研修で、講義中に全くメモを取らない現地の人々の聴講態度を見て、私は少し苛だっていました。この人たちは、講義内容をちゃんと聞いているのだろうか? 重要なところをちゃんと理解できているのだろうか? 「それぞれメモを取って、大事なことを忘れないように指導して」と講師に耳打ちしたところ、返ってきた答えに驚かされました。 

「パキスタン人の多くはメモやノートを取りません。イスラム教徒として、学ぶこととはコーラン(クルアーン)を一字一句間違えずに覚えること、と言われて育っています。だから小学校に入って字を覚えたら、先生の話すことを一字一句漏らさずにノートに書き留めて、丸暗記しようとします。そのため先生からはまずは全集中で話を聞き、その場で理解することが奨励されて、ノートに書こうとしてはいけないと教えられます。コーラン(クルアーン)を耳で完コピするように、耳で聞くことをそのまま覚えることが勉強なのです。」

そして、そのような基礎教育を受けた結果、講師の話を聞きながら、その話の中で何が最重要かを自分で判断してメモしたり、講義内容に疑問や疑念を抱いたりすることもなく、また学んだ事から拡げて議論したりすることができないまま大人になるのだと言います。

日本に帰国した今も、私は「アクティブ・ラーニング」という言葉を使うたびにこのエピソードを思い出します。若い頃に受けた教育手法の違いは、その後の人々の学習習慣や、学んだことの活用法をも変えてしまうもの。日本においても、知識をトップダウンで与えられる・受け取ることに慣れてしまっている学生に対し、どのような手法やきっかけを例に出せば、主体的な知識や情報の獲得を促すことができるのでしょうか。

私が長年従事してきた国際協力・開発援助の世界では、先進国からの援助によって一時的な問題解決を達成しても、その変化が持続されなかったり、途上国の人たちが課題解決を「他人(他国からの援助)任せ」にしたりする現象がありました。その結果、持続可能な社会の変化を起こすには、途上国の人々が問題を「自分ごと」として解決しようとする意欲を持ち、自ら行動を起こすこと、すなわち「受益者による課題オーナーシップ」が必要不可欠とされています。社会課題についてオーナーシップを持つことは、実存する問題について、自らが解決するものとして向き合い、対応に尽力すること。それはまさに、なぜ学ぶのか、どう学ぶのか、主体的に学ぶ意義やその手法を、教育の受益者である学生自らが考え実践するアクティブ・ラーニングと同じ考え方と言えます。

前述のパキスタンでの研修では、試行錯誤の結果、講義の後に受講者たちによるロールプレイ(寸劇)を行うこととし、学んだことを実際の医療現場で用いると想定した劇で振り返りを行うことで、新しい知識の定着を促しました。それぞれが講義を聞いて理解したはずの内容が、少しずつ異なって受けとめられることに気付いた参加者からは講義メモ・ノートを取ることの重要性も述べられるようになり、講義のアクティブリスニングも進みます。また皆で討論して、体験に基づく疑問点を挙げることに慣れると、これまでは「耳で完コピ」する姿勢で聞いていた講義に対し、様々な質問を投げかけるように変化しました。まさにアクティブ・ラーニングの実践であり、アクティブ・ラーニングが学校・大学などの場だけのものでない一例であったと思っています。

叡啓大学でのアクティブ・ラーニングでは、学生自らの学びを能動的に変えるだけでなく、将来、世界の様々な場所で活躍する際に、他者に主体的な学びや行動を促す手法を身につける機会ともなることでしょう。ただアクティブ・ラーニングで学びなさい、と導かれるままに能動的に学ぶ(となるともうアクティブ・ラーニングとも言えないですが…)だけでなく、もっとずっと先の未来にも役立つスキルとして、アクティブ・ラーニングに慣れ親しんでほしいと願っています。