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最上階からの「観天望気」便り(山田芳則)

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叡啓大学の最上階は "Eikei Top" と呼ばれています。この階からは広島の中心部やその周辺が一望できるだけでなく、空の様子もはっきりと観察できます。「空想」には格好の場所です。
2021年3月下旬から広島市に住むようになって、これまで住んでいた千葉県とは天候がかなり違うことを実感しています。
このコラムでは、気づいたことや思ったことを気ままに綴っていきたいと思います。

【6月17日:漢字「气」

「气」は「気」の最初の形で、空に流れる雲を表しています。

画像は、上が甲骨文字、下が篆文(てんぶん)です。

【6月16日:梅雨寒(つゆざむ)】

おそらく、西日本にお住まいの方は経験されたことがないと思います。

梅雨寒とは、梅雨の時期に北東風によって気温が季節外れの低さになることです。

このような低温は、関東地方では東京や茨城、千葉などの比較的太平洋に近い地域で生じます。本当に肌寒くなります。

茨城県付近から北の太平洋は親潮が流れていますので、オホーツク海高気圧など北に位置する高気圧が強くなって親潮上を吹いてきた風が入り込むようなときに起こりやすくなります。

【6月15日:雨の予測は難しい】

科学の進歩は著しく、現在では宇宙に長期滞在して無事に地球に帰還することや小惑星の砂を採取して地球に届けることができる時代になりました。

しかし、いつ、どこで、どのくらいの量の雨が降るのかを予測することは、前日においてさえも難しいのです。

この難しさには多くの要因があります。

一つには、雲の中で雨や雪(つまり、降水)が形成される仕組みが十分に解明されていないということも含まれています。

もちろん、降水量の予測はスーパーコンピューターで計算しているとはいえ、降水形成を計算するための最適な方法が何であるのかも十分にわかっていません。

このため、降水量の予測には不確実性が含まれています。

この不確実性は注意報や警報が発令される領域の広さにも影響します(気象予測では、降水量だけでなく、他の気象要素にも誤差が含まれています)。

【6月14日:「大気の状態が不安定」・・・これは何を意味するの?】

大雨などの予測を伝える天気予報では「大気の状態が不安定」ということをキャスターや気象庁の人がよく口にします。
みなさん、このことが何を意味しているのか、ご存知でしょうか。

 

大気中にはさまざまな「不安定」が存在します。
あるものは地上天気図で見られるような低気圧を発生させ、あるものは積乱雲(活動が活発な雲)の出現に関わっています。
天気予報での「不安定」とは上昇流が発生して雲が形成されやすい大気の状態のことを意味しています。
雲は基本的に上昇流によって発生しますので、雲の生じている大気の層内では、層の厚さ(つまり、雲の上方への広がり)にかかわらず大気は不安定な状態です。
では、なぜわざわざ「不安定」と報じるのでしょう。
おそらく、普段よりも活発な雲が形成され降水量が多くなる可能性が高い状態を示しているのであると考えられます。
活発な雲が発生しやすいかどうかを調べる上で、気温や湿度などの気象要素の鉛直分布を用いて計算する指標(たとえば、雲内の上昇流の最大値、雷雲の発生のしやすさなど)がいくつかあります。
これらの指標が大きくなった時に(つまり、可能性が高い)「不安定」と表現していると推察しています。

 

それでは、「非常に不安定」と解説されるのは、どのような時でしょうか。
先ほどの指標の値が非常に大きい値になって「強い雨や大雨を降らせるような、より活発な雲が形成されやすい状態」を指しているのでしょう。
ただし、これらの指標の大きさはあくまでも目安であり、指標の大小と実際に出現する雲の活発さとは必ずしも1対1に対応しているとは限らないのが難しい点です。

【6月11日:高層雲 (As)

今日の広島の空は厚い高層雲 (英語では altostratus) で覆われています。

この雲は中層雲(高度 2 〜 7 km の高度に出現)の一つで、広い範囲を覆います。

雲の中には水滴と氷が含まれていると考えられています。

この雲から雨や雪が降ることはほとんどありません。

ただし、鉛直方向には比較的薄いために予測が難しく、地上での日射量予測の誤差が大きくなりやすい雲のタイプの一つです。

【6月10日:寺田寅彦の警告】

寺田寅彦(物理学者、夏目漱石の門下生)の警告は今の時代にもそのまま適用できるでしょう。
「しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増すといういう事実である。」(「天災と国防」(昭和9年11月)から)
現代の社会は、特にコンピューターや情報通信網の発達に支えられているので、自然の猛威による大規模停電やネットワークの遮断に対してもひどく脆弱と思います。

日本は世界有数の自然災害発生国です。
社会インフラや建物などが強靭化されているとはいえ、毎年のように日本のどこかで甚大な自然災害が発生しています。
このため、叡啓大学では気象・水象・地象による自然災害に関する講義も行います。

【6月9日:穏やかな天候 広島市】

広島市に住んで2ヶ月が過ぎました。
広島市の天候は総じて穏やかです。
強い風も吹きませんし雷もほとんど発生しません(広島地方気象台の観測では、4〜5月に雷が観測されたのは1日だけ)。
今の時期、日没も千葉県北西部と比べて約25分遅いので、日が長く感じられて嬉しくなります。
ここ3日間は梅雨の中休みで快適な晴れとなっています。
写真はキャンパス15階 Eikei Topからの今日の空です。

【6月8日:橋の上からの景色】

広島市内にはたくさんの川が流れています。
橋の上から見える景色も好きです。川と河岸の木々、その周辺の街並みが適度な遠近感のある構図でキャンバスに描かれているように見えます。
ヨーロッパ的な趣もあるかもしれません。桜の季節には川は長く伸びる淡いピンク色の帯で両岸が縁取られていました。
今は初夏(スマートフォンでは広角になりすぎて、視覚と異なってしまいます)。
秋や冬にはどのような景色が見られるのでしょうか。

【6月7日:天気予報と平和】

現在は世界各国が協力しあうことで防災や日々の生活に有益な天気予報(大気の状態の予測)が作成されています。
それぞれの国で気象業務を担う機関によって観測されたデータは、専用の通信回線を通して相互に伝送・利用できるシステムが整っています。
このような協力は平和であればこそ可能なことです。また、毎日の天気予報がテレビやラジオで放送されているのも平和であるためです。
天気予報は平和の象徴といわれることもあります。第二次大戦中の日本では、天気予報は軍事機密としてラジオでの放送が禁止されていました。
「ヒロシマ」の地にある叡啓大学では、平和に関する講義も行われます。平和についても一緒に学んでみませんか。

【6月4日:雨粒の落下速度】
雨粒の落下速度はどのくらいか、ご存知ですか。
粒子の大きさにも依存しますが、地上付近では数m/s です。
上空では空気の密度が減少して空気抵抗が小さくなるため、同じ大きさの粒子でも落下する速さは大きくなります。高度 3km では地上に比べて約1.2倍の大きさです。
雲の上部で形成された雨粒の集団が、個々の雨粒よりも大きな速さで地表に落下する様子が観測されることがあります。
このような現象は、先端的な観測システムと解析手法を融合させて取り組んでいる研究の中で、理解できるようになってきました。この研究は、強い雨の短時間予測などに貢献します。

雨粒の存在は、雲の中の気流系にも大きな影響を及ぼします。降水形成に関与するだけでなく、地球の気候にも重要な「雲」は、非常に奥の深い学問分野です。
「地球環境論」の中で雲も解説します。

【6月3日:雲】

 

漢字「雲」の最初の形は甲骨文字「云」です。

云は、流れる雲を表す形と、巻かれた竜の尾が雲の下から出ている形を組み合わせたものです。

雲の中には竜がいると考えられていました。

【6月2日:曇り】

雲の種類は10種類(10種雲形)に大別されています。
今日の広島市は全天を雲(「高層雲」と呼ばれる雲が主体。英語では Altstratus, 記号は As とかきます)が覆っています。
この雲は温暖前線が近づいてくるような時に見られ、鉛直方向に厚さが薄く、降水をもたらすことはほとんどありません。
しかし、今日の雲のように雨や雪を降らせないような比較的薄い雲はスーパーコンピューターでも再現が難しいため、このような雲がほぼ全天を覆っている場合には地上での日射量の予測誤差が大きくなる傾向があり、太陽光発電量予測にも影響することが報告されています。

【6月1日:気象記念日】

 

1875年(明治8年)6月1日、内務省地理寮構内(現在の東京都港区虎ノ門2-10ホテルオークラのあたり)で大気電気と地震の観測を開始したことを記念して制定されました。
日本最初の天気予報は1884年(明治17年)6月1日から発表されるようになりました。当時は1日に3回の予報が発表されて、派出所等に掲示されました。日本全国の予報をわずか一つの文で表現します。日本最初の天気予報「全国一般風ノ向キハ定リナシ天気ハ変リ易シ但シ雨天勝チ」

ところで、日本で最初に気象観測所が設置された都市はどこであるか、ご存知でしょうか。
函館市において1872年(明治5年)8月26日から観測所(現在の函館地方気象台の前身)が運用されています。

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